料理が好き。その気持ちを仕事にするまで|今井寿の出発点と学び
喫茶店では、目玉焼きやモーニングを作っていた。ところが、料理人を目指してレストランへ移ると、包丁を握らせてもらえなくなった――。
「料理が好き」という気持ちで選んだ仕事が、思い描いていたものと違ったとき。その経験は、後にどのような意味を持つのでしょうか。
イタリア料理「タベルナ・アイ」の今井寿シェフは、21歳で本格的に料理の世界へ進みました。始まりは、掃除や洗い物、木箱の釘を抜く仕事。ようやく包丁を使うようになっても、一つの野菜を思いどおりに切ることさえ簡単ではなかったといいます。
『料理人から、食卓へ』第三話・前半から、今井さんが料理を仕事にするまでの道のりと、その先に重ねてきた学びをたどります。
話し手:今井寿(イタリア料理「タベルナ・アイ」オーナーシェフ)
聞き手:今別府靖子(料理研究家・栄養士)
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包丁を握れない日々に耐えたから、今がある。|今井寿【料理人から、食卓へ 第三話 前半】
※本記事は、第三話・前半の対話を抜粋・再構成したものです。発言は意味と語り口を保ちながら、言い直しや重複を整理しています。見出し、地の文、末尾の問いは記事編集上の文章です。再生位置は、公開動画の該当する話題への入口を示しています。
作って褒められたこと、職人の手元を見る楽しさ
今井さんは、小学生の頃から料理が好きだったと話します。
今井:目玉焼きとか作ってあげてたの。小学校の時。それをすごい褒められたりしたのね。
魚屋、鶏屋、肉屋、乾物屋。それぞれの店が並んでいた頃、魚や鶏をさばく手元を見るのも好きだったそうです。今振り返ると、そうした仕事を見ることにも、もともと関心があったのだといいます。
ただ、すぐに料理の道へ進んだわけではありません。大学に進み、とんかつ店のホールやガソリンスタンドでのアルバイトも経験します。少しでも給料のよいところで働きたい。買いたいものもある。そんな当時の気持ちも、今井さんは飾らずに話します。
やがて働くことになったのが、喫茶店の「カウンターマン」でした。コーヒーをいれ、モーニングを作る。その店では包丁を使い、調理を任せてもらっていました。
この話を動画で見る:00:00〜「幼い頃から料理が好きだった――原点は家族の食卓」
https://youtu.be/N3G48KsrPkk
「コックさんにならないか」から始まった、新しい仕事
喫茶店には、店のママの知り合いだったシェフが、休憩時間にコーヒーを飲みに来ていました。
将来は何をするのか。学生なのに毎日来ていて大丈夫なのか。そう尋ねられた今井さんは、学校を辞め、この店で働きたいと答えたといいます。
そのシェフに食事へ誘われ、目の前で調理されたビーフステーキをごちそうになったとき、思いがけない言葉をかけられます。
今井:「今井君、コックさんにならないか」って言われたんですよ。
当時、今井さんは21歳。中学や高校を卒業して、すでに料理を学んでいる人たちと比べ、自分の出発は遅いと感じていました。それでも、一番下から働けるレストランを紹介され、その道へ進みます。
喫茶店のママは背中を押してくれた。一方、大学を辞めたことでは「うちの親には怒られたけどね」とも話します。料理への関心だけでなく、人との出会いと自分の選択が重なって、仕事としての料理が始まりました。
この話を動画で見る:03:30〜「喫茶店の『カウンターマン』、初めて握った包丁」
https://youtu.be/N3G48KsrPkk?t=210
調理をしていたはずなのに、包丁を握れない
レストランに入ると、喫茶店で働いていた頃とは生活が大きく変わります。朝早くから働き、自分には休憩もなかったと振り返ります。そして、任されたのは調理ではありませんでした。
今井:包丁なんか握らせてくれないんですよ。
掃除、洗い物、まかないのときにいれるコーヒー。木箱の釘を抜くことも仕事でした。喫茶店ではウインナーを焼き、目玉焼きやゆで卵を作っていたのに、レストランでは食材に触れることもない。その違いへの戸惑いが、今井さんの言葉から伝わります。
どのくらい続いたのかと聞かれ、「半年ぐらいやったかな」と答えます。その日々を、今はこう受け止めています。
今井:今思えば、あそこで我慢できたから今があるのかなって、自分ではすごい思います。
「今思えば」「今があるのかな」。これは、歩んできた本人が、現在から自分の経験を振り返った言葉です。どんな環境でも耐え続けるべきだという一般論ではなく、当時の戸惑いも含めた、今井さん自身の歩みとして受け止めたいところです。
この話を動画で見る:06:06〜「大学を辞め、レストランの一番下から」
https://youtu.be/N3G48KsrPkk?t=366
最初に任されたカブが、まっすぐ切れない
ようやく任されたのは、カブの下ごしらえでした。砂を落とし、包丁を用意して、切る仕事へ進みます。
今井:それが真っすぐ切れないんだよ。
カブをくり抜き、中に詰め物をして焼く料理。そのための下ごしらえでは、切る形や、底の部分をどれだけ切るかにも注意が必要でした。ほんの少しだけ切らなければならないところを、思うように切れない。
料理を作りたいと思って包丁を手にしても、その一工程をきちんと仕上げるのは簡単ではなかったのです。今井さんは、この頃の経験を振り返り、「これでいいや」と済ませず、切ることにも緊張感を持つ大切さを語ります。
当時の指導では、殴られた経験もあったと話しています。その厳しさを現在の指導の手本にすることと、本人がそこで何を経験したと捉えているかは、分けて考える必要があります。
この対話で見つめたいのは、一つの野菜に包丁を入れることを、どれだけ確かな仕事にできるかという問いです。華やかな一皿の前にある、小さな工程の難しさが、カブの記憶には残っています。
この話を動画で見る:08:11〜「半年後、初めて任されたカブの仕事」
https://youtu.be/N3G48KsrPkk?t=491
初めから、イタリア料理に決めていたわけではない
今井さんは、その後、フランス料理やドイツ料理も経験します。イタリア料理の現場へ進んだのも、先輩から勧められたことがきっかけでした。
当時は、イタリア料理と聞いても、ピザパイなどを思い浮かべる程度だったそうです。移った先でも、初めはお客さんがなかなか入らず、唐辛子の種を抜き、ニンニクの皮をむき、包丁を研ぐ日々がありました。
その後、イタリアを訪れ、料理を知っていくなかで、自分の性格にも合うところを見つけていきます。
今井:イタリア料理は、少し大らかなところが好きなんですよ。
それは「雑」ということではない、と今井さんは続けます。大らかさや陽気さ、人と話す楽しさ。そうしたところに、自分とのつながりを感じていました。
最初から料理の種類も将来の姿も決まっていたわけではない。いくつもの現場や人に出会い、実際の料理に触れるうちに、自分が好きだと思える方向が見えてきた。その過程も、今井さんの料理人としての出発点を知る手がかりになります。
この話を動画で見る:11:24〜「なぜイタリア料理を選んだのか」
https://youtu.be/N3G48KsrPkk?t=684
包丁の技術だけでなく、食べる人からも学ぶ
これから料理人を目指す人の話になると、今井さんは、はっきりと語ります。
今井:料理人は、絶対に勉強しないとできない。
腕だけを覚えればよい、という考え方には違和感があったといいます。現場に入り、自分でやってみること。そして、そこで学ぼうとする気持ちを持つことを大切にしています。
その学びは、調理に限りません。当時はホールの仕事を学ぶ期間があったことにも触れ、お客さんと話す経験も勉強になると語ります。包丁を使うことは大事だけれど、それだけではないのです。
聞き手の今別府さんも、自分の考えとして、人に料理を作って食べてもらうことの大切さを話します。対話は、「おいしかった」「ありがとう」「また来るね」と言ってもらえる喜びへとつながっていきます。
小学生の頃、作った目玉焼きを褒められた記憶。仕事を重ねた今、食べる人から届く言葉のうれしさ。その二つを重ねて読むと、料理を学ぶ話の先に、いつも食べる人がいることに気づかされます。
この話を動画で見る:13:42〜「料理人を目指す人へ――現場で学び、自分で決める」
https://youtu.be/N3G48KsrPkk?t=822
学ぶ場所は、家庭の食卓にもあった
対話の終盤で今井さんが紹介するのは、イタリアの家庭で出会ったミネストローネの話です。
たっぷり作ったスープが残ると、ご飯を入れてリゾットのようにする。さらに残ったものは、ポタージュへ。そのときにある野菜を使い、料理の姿を変えながら食べていく工夫を、面白かった経験として語ります。
学ぶ相手は、レストランのシェフだけではありませんでした。家庭で料理を作る人たちの工夫にも、今井さんの関心は向いています。
包丁を握れなかった日々も、思うように切れなかったカブも、イタリアの家庭で驚いた料理も。その一つひとつを振り返る今井さんの話は、「料理が好き」という気持ちが、仕事や人との出会いの中で、どう広がっていったのかを伝えています。
この話を動画で見る:17:54〜「イタリアの家庭料理――ミネストローネを最後まで」
https://youtu.be/N3G48KsrPkk?t=1074
この対話から考えること――編集側からの問い
料理の仕事に就くことと、思い描いていた料理を作れるようになること。その間には、想像していなかった仕事や、初めて気づく難しさがあるのかもしれません。
学校や日々の厨房での経験に重ねながら、次の問いを考えてみてはいかがでしょうか。以下は記事編集側が用意した問いで、出演者の発言ではありません。
料理を作ることが好きだと感じたのは、どんなときでしたか。そこには、誰のどんな反応があったでしょうか。
実習や仕事で、思っていた以上に難しかった工程はありますか。その難しさを、誰に聞き、どう確かめてみたいですか。
調理の技術以外に、食べる人との会話や、ほかの人の仕事から学んでみたいことはありますか。
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記事について
出典:『料理人から、食卓へ』今井寿さん編・第三話 前半
元動画公開日:2026年7月19日
話し手:今井寿
聞き手:今別府靖子
企画・制作:有限会社シンクネクスト