肉じゃがは、口の中でできあがる|舘野雄二が語るレシピの先のおいしさ
いつも作っている料理の手順を、「なぜ、この順番なのだろう」と考えたことはありませんか。
食材を切り、火にかけ、味をつける。レシピには作り方が書かれていますが、その手順で、食べる人にどんなおいしさを届けたいのかまでは、読み取れないことがあります。
道場六三郎さんの「最後の弟子」である和食料理人・舘野雄二さんは、自分の作る肉じゃがを「肉を入れない肉じゃが」と表現します。肉を使わない、という意味ではありません。肉を合わせるタイミングに、舘野さんならではの考えがありました。
『料理人から、食卓へ』第八話から、身近な一皿を通して見えてくる料理観と、レシピとの付き合い方をたどります。
話し手:舘野雄二(和食料理人/道場六三郎 最後の弟子)
聞き手:今別府靖子(料理研究家・栄養士)
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レシピの先にあるおいしさ。舘野雄二が語る肉じゃが|道場六三郎 最後の弟子【料理人から、食卓へ|第八話】
※本記事は、第八話の対話を抜粋・再構成したものです。発言は意味と語り口を保ちながら、言い直しや重複を整理しています。見出し、地の文、末尾の問いは記事編集上の文章です。道場さんの言葉や仕事は、舘野さんの回想として紹介しています。なお、調理の全工程や加熱条件を示すレシピ記事ではありません。
肉を入れるのは、なぜ最後なのか
レシピには書ききれないことを尋ねられた舘野さんは、食べる人への思いや、その場の状況を読む力を挙げます。その具体例として始まったのが、肉じゃがの話でした。
舘野:僕の中の肉じゃがは、肉を入れない肉じゃが。
舘野:豚と牛に関しては、入れるのは最後です。
今別府:最後なんですね。
舘野さんが牛肉の肉じゃがを例に説明したのは、まず野菜などを味つけして炊き、盛り付けておき、残った煮汁で牛肉に火を通してから合わせる方法です。
肉を入れるのが最後でも、火を通さないわけではありません。対話でも、舘野さんは「火は通します」と明言しています。また、鶏肉については煮込む方がよいと話しており、どの肉も同じ扱いにするという説明ではありません。
肉を長く煮込みすぎず、おいしく食べられる状態で合わせる。その順番には、食べる時の肉の状態を考えた理由がありました。
じゃがいもには、じゃがいもの味がある
舘野さんが大切にしているのは、肉の仕上がりだけではありません。
舘野:でも、食べる時にそれぞれがうまいんですよ。味がするんですよ、じゃがいもの味。
肉には肉の、じゃがいもにはじゃがいものおいしさがある。それぞれを味わいながら食べると、どうなるのか。舘野さんは、こんな言い方をします。
舘野:肉をちょっと食べて、じゃがいも食ったら、口の中で肉じゃがができるんですよ。
対話の中には、「料理は口の中で食べるもの」という言葉も出てきます。舘野さんは、その考えを「それが僕の中のテーマです」と語っています。
この言葉を肉じゃがの説明と重ねると、作り終えた時の状態だけでなく、食べる人が一口ずつ味わうところまで考えていることが伝わってきます。それぞれの食材のおいしさが、口の中で一つの料理になる。そこに、舘野さんの肉じゃがの面白さがあるのではないでしょうか。
これは、肉と野菜を一緒に煮る作り方を、間違いとする話ではありません。どんな味わいにしたいかによって、材料を合わせる順番を考える。その一例として聞くと、いつもの料理にも、まだ考えられることがありそうです。
煮汁を先に作る。そのヒントは、師匠の魚の煮付け
肉じゃがの話は、煮汁の作り方にも広がります。
舘野さんが紹介するのは、先に煮汁を作り、それを使って煮るという考え方です。その発想のヒントとして挙げたのが、師匠・道場六三郎さんの魚の煮付けでした。
道場さんは、調味料を順に加えていくのではなく、煮汁を作ってから魚を煮る。その仕事について、舘野さんは、味のぶれを抑えられることも含めて説明しています。
ここで語られているのは、肉じゃがそのものを師匠から教わったという話ではありません。師の魚の煮付けをヒントに、自分の調理を考えてきた、というつながりです。
一方で、舘野さんは鍋や調理条件による違いも話しています。圧力を使う調理と違い、普通の鍋では水分が蒸発し、煮汁の濃さが変わる。普通の鍋で作る場合には、しょうゆを後から加減する方法を挙げています。
一つの手順を、どんな条件でもそのまま当てはめるのではない。なぜその方法を使うのかを理解して、目の前の調理に合わせる。師から受け取った仕事の考え方が、家庭でもなじみのある料理へとつながっているように感じられます。
レシピどおりに作ることは、自分の味を知る出発点
レシピに書かれた「少々」や「適量」は、どう伝えればよいのでしょうか。
聞き手の今別府靖子さんは、レシピを書く立場から、分量を示す必要がある一方で、それだけでは仕上がりを伝えきれない難しさを話します。
舘野さんは、講習会でも、準備する人や学ぶ人が再現できるように、基準となるレシピを示すことの大切さを話します。レシピは不要だという話ではありません。まず、基準となる味を知るために必要なものなのです。
舘野:教わりました、作りました。そこからなんですよ。
一度作って食べてみると、自分はもう少し濃い方が好きなのか、薄い方がよいのかが分かる。舘野さんは「作ってみてから基準ができる」と話します。
その言葉を受けて、今別府さんが、家庭での料理へと話をつなぎます。
今別府:そういった意味では、そこから家庭の味に変わっていくんですよね。
教わった味を、まず知る。そのうえで、自分や食べる人の好みに合わせていく。レシピを離れて好き勝手に作るのではなく、基準があるからこそ、何を変えたいのかを考えられる。そう受け止めることのできるやり取りです。
自分の感覚もぶれるから、戻れる基準を持つ
好みに合わせることと、味の基準を持つこと。この二つは、対話の後半でつながっていきます。
舘野さんは、道場さんから「割を作る」「割合でやれ」と言われてきたことを振り返ります。ここでいう「割」は、調味料などを合わせる割合のことです。
その考え方を自分も大切にする理由を、舘野さんはこう話します。
舘野:体調が悪い時とか、自分がブレるからです。
経験を積んだ料理人であっても、その日の自分の感覚が、いつも同じとは限らない。だからこそ、割合やレシピを、味を確かめるための基準にしておく。
これは、味見がいらないという意味ではありません。自分の感覚だけで味を変えてしまう前に、基準と照らして考える。その姿勢として読むことができます。
「レシピの先にあるおいしさ」とは、レシピを軽く見ることではないのでしょう。基準を知り、手順の理由を考え、食べる人に合う味を探すこと。舘野さんの肉じゃがの話は、その具体的な入口になっています。
この対話から考えること――編集側からの問い
学校の実習や日々の厨房、家庭の台所で、次に料理を作る時。手順を確かめるだけでなく、その手順でどんなおいしさを届けたいのかにも、目を向けてみませんか。
以下は記事編集側が用意した問いで、出演者の発言ではありません。
- いつも作っている料理の、材料を入れる順番には、どんな理由があるでしょうか。
- 教わったレシピを一度作ったあと、食べる人のために変えてみたいところはありますか。その理由は何でしょうか。
- 味がいつもと違うと感じた時、何を基準に、どこから確かめるでしょうか。
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記事について
出典:『料理人から、食卓へ』舘野雄二さん編・第八話
元動画公開日:2026年10月24日
話し手:舘野雄二
聞き手:今別府靖子
企画・制作:有限会社シンクネクスト